ああ鎌倉や鎌倉や

64明月院

45,6年まえよく鎌倉へ梅とかあじさいとか季節によって写真を
撮りに出かけたものだ。朝の4時ごろ東京を経って横浜新道を通って
鎌倉へ入ったものだ。今みたいに木戸口があり拝観料をとるなんて
ことはなかったはるか昔。

今回東名を町田でおりたら本当は国道を下がるつもりだったが、ナビが
横浜新道へ入れとあったので、ああ懐かしやとそのとおりにする。
横浜新道といえば、ちょっとややこしいが国道1号線であり、その昔
フランク永井が歌った「夜霧の第二国道」のことを指す。
鎌倉、湘南、箱根へ行くときは当時はこの道路が主流であったのだ。

写真の明月院もいまの季節はあじさいも咲いておらず、ひっそりと
した佇まいであった。

鎌倉はわたしにとってはとても哀感のある地名だ。
二十歳のとき彼女らしき女が「鎌倉へ遊びに行かない?」と云われたが
当方軍資金がなく、素直にその旨白状したら「いいわよ、電車賃出した
げる。行かない?」とはずんだ東京弁でいわれた。

北鎌倉駅で降りて円覚寺、縁切り寺、明月院、建長寺、鎌倉八幡宮と
歩き、それから江の電で稲村ガ崎、七里ガ浜、江ノ島と一日遊ぶ。
当然電車賃、昼食代、夕食代、すべて彼女が出した。

男の面目台無しと思いながら着いて行ったほろ苦い思い出があったのだ。
それが鎌倉よ。

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