上甲監督、安らかに。

11上甲監督逝く
ああ悔しい、そんなむしゃくしゃした一日であった。
わたしの息子が西条高校の球児だった15年ほどまえ、まだ宇和島東にいるときから
存じ上げ密かなファンであった。この人が甲子園に行けば何かをやってくれるという
安心感のあるいい男でありました。

わたしより若いが西条高校との練習試合のとき、世間がもう監督業もおだやかになりはじ
めたころ(宇和島東時代)なのに西条球場でシートノックをしているとき、大きな声が聞こえた
と思った瞬間ノックをしていたバットをショートの選手に向かって投げつけて、戻ってこい!と
どなり、帰ってくるなり往復ビンタを5回くらいくらわせた。ものすごい大きな音が球場
全体に鳴り響いたのである。アウェイなのにとみんなあっけにとられた。

それを見た瞬間からこの監督のファンになった。
暴力では選手は育たないなどと奇麗事を言い始めた頃である。監督の暴力がない
チームは多分甲子園にはいけないと思わなければいかん。あまりひどいものはいけないが
暴力賛成派である。頭の一つ、ケツの3ッつ、ビンタの3ッつくらい暴力を振るう監督でないと
強いチームは絶対に作れない。  
わたしはこれが持論だから困ったものだ。

上甲監督にはいろいろ思い出が多いが、球場外でタバコをすっているときに何度か立ち話を
したことがあるが、あのバットを投げつけるような気迫はみせない穏やかな人であった。
わたしに高校野球の面白さを教えてくれた唯一の監督であった。やすらかなることを・・。

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