車購入日 吉!

160828車購入
わたしは昔人間なので何かのときには暦を見る習慣があります。
今回は車がディーラーへ来るのが8月の終ころといわれたので、わたしへの引き取りは
誕生日である8月28日にしてくださいとお願いする。暦を見たかったが先に誕生日と
決めたので暦を見るのが怖くて見ないことにする。

仏滅ならどうしよう、それでないことだけ祈っていた。

次の日の朝、食卓の上に日めくりの暦がおいてある。女房がここまでするのは何かいい
ことがあるに違いないと思い、怖々そっと見てみた。結婚とかには凶だが自動車の購入
には吉と書いてあるではないか、おまけに28日は友引であった。

ああ何と嬉しいことか、神に感謝した。こういうことを気にする人間には最高の贈り物だ。
たまたま車の購入を誕生日にしたというだけなのに。車の購入は吉なんて一年のうちに
そうざらにあるものではなかろうに。

この写し方では車種は解らないだろうけど、選考に2か月を費やしました。番号がなぜ6
かというと、人生今迄に15台ほど車を購入してきたが、ナンバープレートに6だけもらっ
たことがなかったのです。もうこれが最後かなとそのなかなかもらえなかった6をいただき
ました。色は濃紺だけど写し方と光で紫にみえる。メタリック塗装のためか。
事故を起こさないように乗りたいものです。

3kmの散歩コース

160828散歩コース

今日8月28日の花ことばは「やまははこぐさ」で純情らしい。NHKラジオより。なぜ?

定期的に散歩をするようになってもう6年くらい経つような気がするが、でっぷり肥えて
いたころは家の周りを4km毎朝歩いていた。何故家の周りかというと、朝起きだちは
すぐに何回ももよおすので外にはでていけなかったが、デブがなくなると同時にその
症状はなくなったので、最近は外へ出て行っている。

そこでわたしの性格が表れる。自宅を中心に3kmの長さを車で計り、6コースを選ぶ。
そして毎日朝夕どれかのコースを散歩している。すべて正確な3kmです。3.1kmは
許せないのです。始末の悪い性格!

みそもくそも・・・

160807車の上のカバン
全員が乗って京都へ帰る道中。荷物の置場がない。このキャリーは車3台に乗せてきた
35年ほど使っていた。しかし今度軽四にかえるため、このキャリーはお払い箱だ。
普通車と軽四の幅が合わない。

黒いカバンは娘の持ち物。前に積んだバッグは我々夫婦の二日間の荷物。どれほども
無い。

京都へ着いてから市内を走っているとき、通行人に指をさされヒソヒソ話しをしている。
みそもくそもいっしょだと笑われていると娘の友達は云う。ブランドバッグをあんなところ
に積むなんて初めて見たと呆れていた。

わたしが荷造りした。何の抵抗も無く。女房は何とおもったのだろう。少々無責任だった
と反省は少ししている。          <京都編 終>

飽きもせずまた訪れる

160808天智天皇御陵
京都にいた二日間は朝夕欠かさず散歩に明け暮れていた。
いつもは疎水沿いに散歩を進めるが、神聖なにおいのする天智天皇御陵につい足が
向く。奥に見える鳥居は、その直径はゆうに60cmφはあろう花崗岩で出来ていると
思われる。

写真では大きくみえないのが残念である。古墳はいい加減なものが多いとのことだが
この天智天皇御陵は間違いのないものらしい。

参道の入り口のそばにある日時計は天智天皇が時計を作ったことに由来してここに
設置されたらしい。文字を右から左に描かれているところをみると相当古いみたい。
何て書いているのか読めない。

三条通りからこの鳥居のところまで参道が200mは続く。その間深い緑に包まれて歩
くことになる。これから京都へいったらこのコースが散歩コースになるような気がする。

またまた京大へ

160808京大
朝女房と娘に置いてけぼりにされ、半日一人で過ごすことになる。二人は伊勢丹へ。
孫は「まが玉」を作りに区役所に出向いていた。

さてどこに行こうかと迷ったあげく、そうだまえまえから行ってみたかった「剣客商売」の
田沼意次の住んでいるという設定の山科にある「隋心院」に行くことにする。いつもテレ
ビに写る玄関があり、まあこんなものかと納得する。

そろそろ昼ご飯時だが、ここというところは駐車場がない。駐車場があるといえば50台
はとめられる京大の学生食堂がいいと今出川通りと東大路通りの交差点「百万遍」を
すこし下ったところにある京大の学食に向かう。480円、満足の食事であった。

食事が終わって一階の生協みたいなところにある本屋さんにより、害虫の「お絵かき虫
の生態学」という本を見つけ、うちの庭に鉢で育てている柑橘類の葉が最近お絵かき虫
の被害にあうので、一冊購入する。これくらいならわたしにもわかるような気がするけど
ほかの書籍はチンぷんかんプン!

食堂を出たところの通路でブラスバンドの練習をしていた。暑いのにこんなところしか
場所がないのか。でも彼らは文句は云わない。ことの成り行きが解かっているのだろう
頭のいい子達だもの。

2時ごろやっと二人は帰ってきた。孫がその時間に帰らなければ、もっともっと遅かった
に違いないような気がする。

東海道本線

160810東海道本線
娘の家から見える東海道本線(赤い貨物)と京阪電鉄(その下)がすぐ傍を通っている。
夜中でも貨物などが通ってうるさいと思っていたが、あの電車の通過するゴトゴトは実に
快い響に聞こえてなんの耳障りにもならない。

ピーなんて警笛を鳴らしてくれたりしたらこの上ない。貨物が多いが疎水のところから
眺めると貨物って250m以上連なって走っている。ものすごい長さだ。こんなのは最初
起動するときのエネルギーは計り知れないものがあろう。

普通の電車でも7両から9両連なっているが、150mくらいの長さになる。JRは恐るべき
ものを持っている。

電車が通る上のこんもりした山は天智天皇の御陵の端っこだったとは知らなかった。
京都は住んでる近くに何があるかわからん恐るべし土地柄だ。

大文字の送り火

160809送り火
娘たちをおくって京都へトンポ帰りしてきた。娘の友達もうちへ遊びに来たので電車賃を
浮かすのにちょうどよかった。定員いっぱいで高速を走らす。平均110キロくらいでいつも
は走るが、今回は小さい子がいるので90キロくらいだったろうと思う。

あっちこっち寄りで京都へついても道草をして娘の家に着いたのは3時を回っていた。
新居浜は9時半に出たのに。考えてみれば7人のうち男はわたし一人だった。

山科へ帰る途中、今出川通りを走っているとき大文字山が見えた。もう一週間で送り火
の日である。もう10年も前になろうか、送り火の日に山科の義父の家の近くの毘沙門天
より東山三十六峰を2時間かけて登り、横掛けで大文字の大の文字の一番上に陣取り
いざ火を放った瞬間、京都中からカメラのフラッシュを目にしてそれにビックリしたことを
思い出す。

もう燃やす材料のカヤや材木などは運ばれている頃だろう。材木を文字づたいにいげた
に組んでそのなかにカヤをいれて一斉に火を入れる。大の字にたずさわる男達はゆうに
100人をこえるであろう。火事のことも考えて消防団も待機している。

セミの死にざま

160805せみの死
私たちの小さい頃は、セミが生まれるのは穴があいているからここから出てきたんだ
ということがわかったが、セミが死ぬときはどこで死ぬのだろうと不思議な思いがあっ
た。
それがここ20年ほど前から死ぬときはどこででもひっくり返って死んでいるのが目に
うつる。むかしのセミは奥ゆかしいところがあり、死ぬときは密かに人目にふれない
ところで死んでいた。

だからセミの死骸を見たことがなく、子供の頃の七不思議であった。

帰省

160731娘帰省
また一週間孫たちになやまされそう。でも最近はじいちゃんはそこにおるかとも
いってくれないので、やりやすくはなった。
おんな四人の旅である。まだ生まれだちの子は胸に抱いているが、小さい子を
つれた旅はたいへんだろうと思う。

この金曜日に娘の友達がうちへ初めてくるので、帰りはひとまとめで車で送って
いってやろう。もうこの7人乗りの車もこれが最後になる。この車で京都まで20
回は往復したと思う。長い間ごくろうさん。次は軽四になるのでもう送ることも
なかろう。

これからは夫婦二人90km/hくらいでのんびり京都行となる。それも良かろう。