毎朝の散歩コース

160717家のまわり
毎朝の散歩コースは写真でわかりますが、家の周りを50回回ることにしております。
このコースは巻尺で計ったところ、ちょうど一周80mあっるので4km歩いたことにな
ります。

皆に外の道路を歩けば清々しいのにといわれるけど、わたしには理由がありまして
500mくらい歩くともよおしてくるのです。それが4km歩くあいだに3回くらいトイレに
駆け込むことになります。だから外には散歩に出られません。

このことは入院までのことで、その後はおやつなど間食をしなくなったのでトイレに行く
回数も一日1回あるかないかに減りました。

朝はやはり外へ出ると途中の公園とか温泉とかに寄るはめになりますが、夕方はまっ
たくもよおさなくなるので、もっぱら朝は家の周りをそして夕方は前の通りを3kmほど
歩いています。

あまり歩き過ぎてもいけないと思い、朝は半分の2kmにとどめています。そしてその
あいだにトイレに行けば、それから外へ向けて3km歩き、また夕方外へ3km歩くよう
にしております。一日8km歩いていますが大丈夫でしょうか。

わたしの体重は入院前は78kgありましたが、いまはちょうど66kg台です。12kg痩せ
るとわたしだと解らない人がたくさんいます。

ゆりの花粉

160720ユリのおしべ
この歳になるまで知らなかった目からうろこもの。
毎年庭にはたくさんのゆりが花開く。店のお客様が通るそばに咲く花の花粉は洋服に
着くととれなくなるので、毎朝左のオニユリのように花粉が付いているおしべの途中から
ちぎり採っていた。非常に見た目に不細工であった。

ところがある日開きだちの花粉のおしべを根元のほうから一度にもってしごいてみたら
簡単に花粉のところが取れて自然に近い形で芯だけが残った。(写真右・クロカノコ)

開きだちのおしべの花粉はまったく硬く花粉が手につかないことを知る。毎朝かなりの量
花粉採りをしていた作業が大変楽になりました。知らなかったのはわたしだけのような気
がしますねぇ。

(先日ツマグロヒョウモンチョウのさなぎは、知らぬ間に脱皮して飛んでいってしまった。)

ラッキー3

160720レシート
きのうの朝、店の食材を買いに行ったとき、自動車のナンバープレートみたいな
ラッキーナンバーが揃った。きょうは何かいいことがあるかなと、宝くじでも買に
行けばよかった。

でも人生長い間にこれに似たようなことが何回かあったが、そのうち2回ほど
信じて宝くじを買ったけど下一桁しか当たらなかった。

世の中そんなにうまい話はないと思い、今回は留まった。でも買わなきゃ当たら
ないけどね。

でも単なるレシートを人生において何万回ももらうけど、4桁の数字が揃うなんて
めったにないと思う。出した店主も驚いていた。

タテハチョウ

160718タテハチョウ
タテハチョウの仲間のヒョウモンチョウだと思うが、とんだところにサナギになった
ものよ。毎日何回も開け閉てする勝手口の門扉にとりついている。

うちに一番多いタテハチョウの仲間は一番にヒョウモンチョウでその次はアカタテハ
その次はアサギマダラくらいか、アサギマダラはサナギの色が違うのでこれではない。
ルリタテハだったら嬉しいなあ。でも正解はヒョウモンチョウだろう。

昔は子供と一緒に野山でチョウの採取に明け暮れたものだ。高知県まで行って
この地にしか飛来しないミカドアゲハがくる公園で一日南洋から飛んでくるミカドアゲハ
を待つも、5~10mくらい上を飛ぶので、いくら大型のアミを持って行ってもどうにも
ならなかった。3.5m以上のアミは普通では手に入らなかった。

そんなわけでチョウのことには詳しくなったのでした。

カブトムシ

160715カブトムシ
おいおいお前はどこを歩いているのだ。
うちの庭の外構ブロックを歩くカブトムシ。そんなところに蜜はありませんぞ。うちの
庭を見渡しても蜜が出そうな木はミズナラくらいしかないが、見に行くと蜜が出ている
様子がない。

とりあえずミモザの木にしがみつかせたが、その後どこかへ行っただろうか。

ラッキョウ漬け

160707ラッキョウ漬け
 痩せるのにラッキョウを食べるのがいいとききましたので、それを女房の友達に
話したところ3kgのラッキョウを持ってきてくれました。鳥取のラッキョウだったので
散財をさせてしまいました。

1kgと2kgに分けて1キロは簡単漬けにして、はやくも食べてしまってありません。
漬けた1週間後には食べ始めました。袋の裏面に書かれている通りに漬けました。
そして今度は本格漬けを2kgやりました。あれからもう一週間は経ちますが、まだ
食べておりません。一か月は辛抱しようと思います。

夕食後テレビをみていると甘い物が欲しくなります。ここで甘い物を食べたのでは
もとの黙阿弥とラッキョウを食べておりました。売り物のラッキョウと同じ味がして
とてもおいしいです。もうラッキョウ漬けは名人になれました。

この容器も10年ほどまえから使っていたのですね。マタタビ漬けなんてなんで必要
だったのでしょうか。

手紙の分別棚

160624手紙仕訳棚
この棚はいま子供が小さい頃からの簡易アルバム(一冊にフィルム1本分の写真が
つづられている。)の置き棚に使っている。

この棚は昔郵政省郵便局の時代に手紙の仕訳棚として活躍していた頃のものだが
本当は白い色をしていたのを赤いペンキで塗りなおしたもの。なぜか裏側にはにわ
とり小屋に使われているような金網が貼られています。もう20年は置かれています。

義兄が市会議員をしていたころ、郵便局がいらないといってもらってきたいたものを
選挙のときに票の整理をしていたが、義兄もいらないとのことでもらったもの。

ここはわたしの寝室だが、入ったところが廊下みたいになっており不要な時期に電気
コタツを置かれたり倉庫みたいに使われて狭くて困っています。整理タンスも置かれっ
ぱなしです。

天智天皇御陵に出くわす

160628天智天皇御陵
京都に滞在中バカの一つ覚えみたいに、明けても暮れても毘沙門天の参道付近から
疎水を西方向に向けて歩き回っていた。

このあたりに天智天皇の御陵があるのは知っていたが、どこにあるのかは定かでは
なかった。いつものコースをちょっと足を延ばしてみたところ、看板があり疎水から一旦
降りてまた少し参道を歩くと写真のような場所に出た。

天智天皇の御陵地で、この辺の地名は御陵(みささぎ)という。さすが宮内庁の管轄は
すべてがきちっと整えられていた。天智天皇は若き頃は和歌でも有名な中大兄皇子
(なかのおうえのおうじ)で知られている。

京都は何かと古き時代の物語を教えてくれる。山科もまだまだ知らないことに遭遇しそ
うである。

あっと驚くことに出くわした佳き時間であった。

名前は明子

160702明子(さやこ)
爺バカを書きますが、少し遅れの宮参りにいったときの一枚。
もう名前が決まっていた。明子と書きますが読み方が多分誰も当たらない「さやこ」
なんです。

娘が中学のころから自分に子供ができたら「さやこ」と名づけて「さーや、さーや」と
呼びたいといっていたのを覚えているが、やっと三人目でその思いがかなったみた
いだ。清子とかいてさやことその頃は考えていたみたいだが、皇室におそれ多いと
明子にしたそうだ。

大学時代の友達の姉さんが、明子と書いて「さやこ」というらしくそれをもらったみた
い。抱いてあやすときに「さーや、さーや」といっているのを聞いた。
やっと念願がかなったんだなあと感慨深かった。